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ハイレベルな質問への対応 [ジャンク]

お子様が活発に質問をぶつけてくる時期があると思います。

簡単なものから難しいものまであると思います。
本質的な質問、哲学的な質問、学問的な質問。
それこそ、こども電話相談室で取り上げられるような、専門家でないとなかなか
太刀打ちできないほど、高度な質問をサラッと投げかけられたりすることも少なくないと思います。


しかしながら、親だって、一人の人間。
誰しも、分からない、知らない問題なんて山ほどあるかと思います。

でも、スルーしたり、拒絶したり、ごまかしたりはしたくないですよね。きっと。
これは、質問者が大人でも子どもでも変わらないと思いますが、
やはり、正直&素直が一番いいのではないかと思うんです。

分からないときは分からない、知らないときは知らない。
全く問題ないと思います。O.K.だと思います。

正しい答えを与えることが一番重要なのではなく、
お子様が良い視点で物事を捉えられ、問いをもたれたこと自体を、
よいところに目をつけたということ自体を
大切にされることが最重要なのではないでしょうか。


色々なことに疑問を持つというお子様の好奇心、探究心にこそ敬意をもっていれば、
その気持ちは必ずやお子様に伝わると思います。


そして、できれば、こういうときこそチャンスと捉え、一緒に探究されるとベストかなあと思います。
一緒に学ばれて、よい発見まで辿り着ければきっと最高です。

そうなると、正しい答えをサラッと教えられた時以上に、
お子様は尊重されている、共感してくれていると実感されるでしょう。
さらに、親子での探究から期待以上の学びが得られれば、
お子様は、感情の面でも理性の面でも大きな収穫を手にすることができます。
親の愛情を感じ精神が安定し、なおかつ知識欲が満たされることになり、
一挙両得となります。

このとき、さらに親御さんご自身もお子様と共に、
探究を心から楽しめることができたならば
最高ではないでしょうか。










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座右の書『貞観政要』 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」 2017/1/13 [読書]

座右の書『貞観政要』 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」 2017/1/13
出口 治明 (著)



出口氏の著作を読んでみたいと思いまず一冊読んでみた。
著者の視点で読み解かれ、非常に分かりやすく噛み砕かれていた。
原著を読んでみたいと思った。

『貞観政要』は帝王学の書と捉えられがちではあるが、決してそれは
人の上に立つ人という限られた人たちだけのものではないように思う。
リーダーだけに役立つものではなく、どのような立場の人もこのような視点はとても重要。

例えば、「三鏡」を持つ。
銅の鏡、今の自分の表情(状況)。
歴史の鏡、将来を予想する教材は歴史にしかない。
人の鏡、厳しい直言や諫言を受け入れる。

例えば、「上の者と下の者が互いに疑い合うと、国は治まらない。」
実績を出したら信頼する、ではなく、信頼するから実績が出る。
上下など無関係に、人対人の関係はそうじゃないだろうか。
先に信頼がきて、あとから出力がくる。
個対個でも、組織対組織でも。
そして、教育でも。
先に無条件に信頼することだと思う。

貞観13年、魏徴は、初心を忘れ、道を外すようになっていた太宗を諫めた。
太宗の失策、失政を全十か条にわたり真っ向から指摘し、
太宗が有終の美を飾れなくなる理由が綿々と明記されていた。

命懸けの上表文。
「・・・・もし、私の意見を参考にしてくださるのなら、陛下の怒りに触れて処刑されることになっても満足でございます。・・・」

太宗はこの諫言に応え、
「あなたの言葉を屏風に仕立てて、朝夕に仰ぎ見ることにした。
1000年あとの君が、君主とその臣下の間にある義を知ってほしいものである」

魏徴は、癇癪を起こした太宗を二百回余りも諌めたという。
魏徴は、元は、兄、李建成に仕えていたが、李世民が才能を見出し側近として採用した外様である。

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以下、メモ。
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太宗って誰?

次男であった李世民は、626年、兄の李建成を殺害し、父の高祖を幽閉(玄武門の変)し、
第2代の皇帝太宗(在位626~649年)となる。
中国史上でも有数の名君と称され、その統治は「貞観の治」と言われ有名。
皇帝についたスタートが拍車をかけたのか、名君として1000年後に評価されることを深く決意し、
これを自身の中で確固たる目標にしていた。


貞観政要って?
中国の貞観の時代、627〜649年に唐の皇帝・太宗を臣下たちの政治の要諦をまとめた書物。
太宗とそれを補佐した臣下たち(魏徴・房玄齢・杜如晦・王珪ら重臣45名)との政治問答を通して、貞観の治という非常に平和でよく治まった時代をもたらした治世の要諦が語られている。

太宗は、臣下の直言を喜んで受け入れ、常に最善の君主であらねばならないと努力した。
唐代の諫官には毎月200枚の用紙が支給され、それを用いて諫言した。
歴代の王朝に諫官が置かれたが、太宗のようにその忠告を聞き入れた皇帝は極めて稀であった。
人は、耳の痛い言葉を受け入れるということがいかに難しいことか。
太宗は、魏徴の諫言を屏風にして日々目に入るようにしたという。


本書は、中国では後の歴代王朝の君主(唐の憲宗・文宗・宣宗、宋の仁宗、遼の興宗、金の世宗、元のクビライ、明の万暦帝、清の乾隆帝など)に愛読された。
日本では、北条氏・足利氏・徳川氏、明治天皇らに愛読されてきた。
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