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ドルトン教育_パーカースト [リサーチ]

■ドルトンプランとは?

・1908年、アメリカのヘレン・パーカーストが生み出した教育法
・当時の学校教育を改革するため、生徒一人一人の個性を大切にし、能力、要求に応じて学習課題と
 場所を自主的に選び、学習を進められる「実験室案」を提唱
・1919年、ドルトン(町の名前)にそのプランに基づいた小さな学校を設立し、「子どもの大学」と命名
・子どもたち一人ひとりの知的好奇心、探究心を育むことを目的とした。
・原理は、自由 (自主性を、創造性を)、共働(集団生活の交流社会性、協調性を)
・実際に、広まったのはアメリカよりもイギリスの方が早かったようである。

■きっかけ
・学校教師としての実体験 (小学校、高等学校、師範学校) を通しての当時の教育課題の発見
・1908年、かつての教師から、E.J.スウィフトの『精神の発達過程』を贈られ、その思想に感動。
→教育的実験室という概念を初めて考えつく。

■モンテッソーリとデューイの影響
主として、モンテッソーリとデューイの教育より強い影響を得てドルトンプラン教育を構築。

モンテッソーリの助手となり、数年、彼女と生活を共にした。
その後、モンテッソーリは教具の道に、パーカーストは環境を整える道にという流れで、
自ら独自の教育プランを創出していくこととなった。

また、デューイとはコロンビア大学時代から家族ぐるみの交流あり。
デューイはドルトンスクールを頻繁に訪問し、多大な影響を与えた。

簡単に言うと、
モンテッソーリから個別学習、デューイから協同学習の着想を得たと言えるかもしれない。
時間割りで個別学習の時間と集団での学習時間に分けていることからも、
中庸の進歩主義教育とでも言えるだろうか。




パーカースト女史の著書『ドルトン・プランの教育』を改めてまとめたい。
★『ドルトン・プランの教育』 パーカースト
原題『Education on the Dalton plan, 1922, Herren Parkhast』

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